トピックス:『楽』になってもいいんです・・・

何か困難な課題に出くわして、それに対処しているとき、
『この対処は「課題から逃げている」のだろうか?、それとも、「課題と向き合っている(逃げていない)」のだろうか?』
と考えることがあると思います。
そのように考えるときは、多くの人は、「逃げずに向き合って解決したい」と望んでいると思います。
単純に考えると、目の前に課題があれば、それを解決しさえすれば目的は達成されるはずです。
しかし、悩み込む傾向がある人は、「逃げずに向き合っているだろうか」ということが、とても気になってしまうようなのです。
そして、「逃げているかどうか」が気になってしまうから、課題を解決できず、心の苦しみからも抜け出せなくなってしまうところがあります。
課題を解決するよりも、「逃げているのか、立ち向かっているのか」が気になってしまう理由をを理解するために、次に、『逃げる』について考えます。
人前で話すことがすごく苦手なAさんが、ある人から「もし、良かったら、君のその素晴らしい経験を1000人の前で1時間程度話して欲しい」と依頼されたとします。
これは、客観的に見れば、その人にとってまたとないチャンスで、本人もそうだと思っています。
しかし、そんな大勢の前で、しかも、1時間も話をするなんてとてもできないと、すごく不安で嫌な気持ちになってしまいました。
普通は、その依頼を断ることを、「大勢の人の前で話すことが嫌だから逃げる」と考えると思います。
そして、「逃げる」ということを意識しているので、逃げないために、不安や嫌な気持ちを抱えながらも、「依頼を了解し大勢の前で話すべきではないか」という気持ちとの葛藤に陥ります。
しかし、このようなとき、仮に、依頼を断ることによって、「人前で話す」ことから逃げられたとしても、その後、「依頼を了解しチャンスを活かすべきだったのに、自分はそれができずに断ってしまった」と自分を責めてしまい、結局、嫌な気持ちを感じてしまうことになります。
この状況を違う角度から眺めるために、一度、次のように考えてみて下さい。
「逃げたい」と思う対象があるとき、心には物凄く不快な気持ちが生じています。
そんな気持ちをいつまでも感じ続けるのは、とても苦痛で耐えられません。
そこで、『自分の中に生じた物凄く不快な気持ち』から逃げるために、「依頼を断る」という方法を選びます。
ところが、依頼を断って嫌な気持ちから逃げたつもりになっていても、「せっかくのチャンスを活かせなかった・・」と別の気持ちが自分を責めて、やはり不快な気持ちを感じてしまいます。
このように、自分の気持ちからは、決して逃げることはできないのです。
「逃げる」に意識が集中し、それを問題視するようになってしまうと、その反対と思われる「逃げない(向き合う)」を目標としがちになります。
しかし、一般的に「逃げている」と認識される行動をしたときでも、自分に生じる嫌な気持ちからは逃れられずに向き合っているのですから、「逃げているかどうか」などと考えなくても良いのです。
それよりも、「どのようにすれば、自分の気持ちと正しく向き合ったことになるのか」ということこそが、私たちが取り組むべきことなのです。
私たちが向き合うべき対象は、目の前の課題ではなく自分自身の気持ちだと説明しました。
「自分の気持ちにきちんと向き合う」とは、不快を感じていない振りをしたり、不快な気持ちを打ち消すことではありません。
それで対処できないこともありません。
しかし、はじめのうちはそうやってごまかせていても、自分に生じる自然な気持ちを押し殺し続けるには限界があります。
やがて自分が感じている苦しさに直面せざるを得なくなる時期がやってきます。
不快な気持ちが生じるのは、心が強いとか心が弱いとかいう問題ではなく、おそらく全ての人に同じように生じる自然な心の動きです。
心に強い・弱いという違いがあるように感じることは確かにあります。
しかし、それは心の根本的な違いではなく、
- 不快な気持ちになった心を回復する方法があることを知っているかどうか
- その方法を、その都度、きちんと実践しているかどうか
たったそれだけの違いでしかありません。
そして、心を回復する方法を実践しようとすることこそが、自分の気持ちと向き合うことにつながるのです。
また、都度、心を回復させられるようになれば、不安だった行動に付随する喜びを感じられるようになり、これまでは苦手だけだったことを、やってみたい気持ちになったりもするのです。
【補足】
心を回復させる方法は、「トピックス:正しい葛藤と誤った葛藤」で説明しましたので参考にして下さい。
日本人は「乗り越えることは苦しいこと」という考えを身につけてしまっているところがある気がします。
むしろ「苦しさを感じないと、乗り越えようとしていると思えない」と考えているところがあると言った方が良いかもしれません。
しかし、前に説明したように、直面した課題は解決すれば良いのであって、別に「逃げる」「逃げない」「向き合う」「乗り越える」などと考える必要はありません。
ここが混乱してしまうと、「解決することは、自分にとって好ましいこと」であるはずなのに、
- 「解決することは苦しいこと」
- 「苦しいと感じていることは、解決しようとしていることだ」
- 「苦しくないことを選ぶのは逃げている」
などと考えてしまうのです。
目の前の課題を解決するために、心が苦しいと感じていなければならないということはありません。
楽に解決することに越したことはないのですから……。
そう考えて改めて自分の人生を振り返ってみると、これまで「こんなことは解決したことにはならない」と思っていた多くのことを、「自分がきちんと解決してきたこと」として認められるようになってきます。
楽に課題を解決できたら、それは、素晴らしいことなのです。
そして、今まで困難だと感じていた課題も、同じように楽に解決できる方法を探せば良いのです。
そのために『心の苦しさはどんなときにでも穏やかな状態に回復することができる』ということを知っておいて下さい。
課題に取り組むときには「苦しんで解決したら心が強くなる」などとは考えずに、まず心を楽にすることが大切です。
心が楽になれば、「乗り越える」などということから意識が外れ、課題の解決に専念できるようになります。
また、心を楽にできることが分かっていれば、その先に自分が嬉しくなりそうなことが待っている可能性が少しでもあれば、多少苦しくなりそうなことでも、ちょっと取り組んでみようという気持ちになれるのです。
そんな気持ちの人が、他の人の目には「心が強い人」と映るのだと思います。