トピックス:正しい葛藤と誤った葛藤

自分の気持ちに沿って決断するためには、正しく葛藤することが重要です。
「やりたい・やりたくない」という気持ちを例にすると、健康的な心理状態での葛藤は、次のような2つの気持ちの中で結論を出そうとしている状態です。
■正しい葛藤状態: やりたい気持ち + やりたくない気持ち
ここで大切なことは、やりたい気持ちも、やりたくない気持ちも、共に自分の本当の望みだということです。
思考には心理的な苦痛が伴います。
でも、いろいろと思考をめぐらせた結果、どちらの気持ちを優先させても、そのいずれも自分の気持ちなのですから、思考の苦痛の後には、それなりの満足感を味わえることが期待できます。
そして、満足感が期待できるから、苦しい葛藤の中にしばらく身を置くこともできるのです。
ところが、心に慢性的な苦しさを抱えている場合は、自分の本来の望みから外れたところでの葛藤に陥っていることが多くあります。
■誤った葛藤状態(1): やらなければならない気持ち + やりたくない気持ち
この「やらなければならない気持ち」には、本来の望みである「やりたい気持ち」も含まれていますが、その大部分は「やらないことでつらくなるのは嫌だ」という気持ちが占めています。
このことを踏まえて、等式を修正すると、次のようになります。
■誤った葛藤状態(1) : やりたい気持ち + やらないでつらくなるのは嫌だという気持ち + やりたくない気持ち
なぜ、「やらないでつらくなるのは嫌だという気持ち」というような余計なものが、葛藤状態に入り込んでくるようになるのでしょうか?
それは、『そうしないと、もっとつらい状況になった経験』があり、そんな状況になることから自分を守るためなのです。
誤った葛藤状態(1)の説明
【例】
例えば、小さな子供が幼稚園に行くのを嫌がったとします。
このとき、子供の心では、幼稚園に行きたくない気持ちが大きくなっていますが、幼稚園に行きたい気持ちがあることも確かなことです。
ここで、親が、幼稚園に行かないことを悪いことだと認識して、「幼稚園に行かないのはいけないことだ。そんなダメな子供に育てた覚えはない!」などと、泣き叫ぶ子供を力づくで幼稚園に連れて行くような対応をすると、親から幼稚園に行くよりもつらいことをされる経験をさせることになります。
子供は、「こんなにつらい目に合わされるのだったら、嫌だけど幼稚園に行く方がマシ」と考えるようになるまで、親から責め立てられます。
このようなことを繰り返し経験すると、子供は、幼稚園に行きたくない気持ちになったとき、過去の親の対応が浮かび、親に責め立てられなくても「誤った葛藤状態(1)」のような状態に陥ってしまうようになります。
「誤った葛藤状態(1)」には、自分の本来の望み以外の「幼稚園に行かないと言ってしまって親からひどい目に合わされるのは嫌だ」という考えが入り込んでしまっているため、自分の気持ちに沿った結論を追求することが困難になります。
この余計な考えによって、葛藤の焦点は、親に決められた結論を選ぶか選ばないか(親に従うか逆らうか)というような、自分の本来の望みとは関係のないところに移ってしまうからです。
非力な子供は親に逆らうことはできません。
つまり、子供は選択肢のない葛藤に陥ってしまうのです。
そして、親が何も言わなくても、過去の経験によって親が決めた結論を選ばざるを得ない心境に、子供は自ら追い詰められてしまいます。
子供を例に説明しましたが、大人でも同じです。
思考には、大なり小なり心理的な苦痛を伴います。
その先に、自分の望みがなければ、考えることは苦痛以外の何ものでもありません。
そこに、「○○すべきだ」といった他人の意思や社会の雰囲気が割り込んでくると「やりたいなぁ~、でも、やりたくないなぁ~」とのんびり迷っていられません。
早く決断しなければ、思考に伴う苦痛を長い時間感じ続けなければならなくなりますし、他人や社会から、例で説明した「親から責め立てられる」に当たる状況に追い込まれそうな恐怖からも逃れることができません。
そこで、このような苦痛や恐怖から早く逃れるために、「○○しなければならない」「○○すべきだ」という自分の望みとは無関係に選択しがちになるのです。
大人には、子供と違って選択肢があるのですが、子供の頃に身に付けてしまった学習が、このような自分の気持を大切にしない選択を後押ししてしまいます。
その選択の先には、自分の満足感は待っていませんし、『させられ感』を感じることにもつながります。
誤った葛藤状態(2)の説明
次の『誤った葛藤状態(2)』も同じように考えられます。
■誤った葛藤状態(2): やってはならない気持ち + やりたい気持ち
等式を書き直すと次のようになります。
誤った葛藤状態(2): やりたくない気持ち + やってつらくなるのは嫌だという気持ち + やりたい気持ち
この「やってはならない気持ち」には、本来の望みである「やりたくない気持ち」も含まれていますが、その大部分は「やってつらくなるのは嫌だという気持ち」が占めています。
そして、その気持ちの裏には、「やってつらくなった」という過去の経験が隠れています。
混乱した葛藤
「誤った葛藤状態(1)」や「誤った葛藤状態(2)」に陥りやすくなると
■誤った葛藤状態(3): 誤った葛藤状態(1) + 誤った葛藤状態(2)
のように、とても混乱した状況になって、自分の望みを実現するための正しい選択がますます難しくなってしまいます。
その結果、何かをやっても何もしなくても、つらい経験を積み重ねるだけになってしまいがちです。
もし、何かを決断する時に「○○しなければならない」とか「○○してはならない」と考えがちなときは、
・「やらなくてつらくなるのは嫌だ」とか「やってつらくなるのは嫌だ」という気持ちがあること
・自分の心に、それらの気持ちが根付いた事情
ということを理解することが大切です。
最後に、正しい葛藤状態を取り戻し、自分の本当の気持に沿った結論を出しやすくするポイントを書いておきます。
1.今の自分が、子供の頃とは違い、 「自分で決断し責任をとる能力が備わった大人になっている」ということに気づく
2.それをやってもやらなくても、大人になった自分を、「子供の頃に経験したほどのつらい思いをさせる人はほとんどいない」ということを客観的に理解する
3.つらい気持ちになっても、直ぐに安心した気持ちに回復できることを理解する(その方法を知識として知り、体験を通して確信させる)
【補足】
これまで苦しさを我慢する訓練をしてきた人にとって3は、難易度が高いので、そのコツを補足しておきます。
■コツ1:目的は泣くこと
話したくない自分の秘密を暴露する必要はありません。
それだけでは、つらい気持ちは解決しません。
心の底から泣くことです。
そうすれば、スッキリした気持ちを取り戻すことが出来ます。
■コツ2:話す相手を確保すること
実際に相手が存在するなら、それがベストです。
(恋愛の対象となり得る人は避けた方が良いです。)
でも、直ぐに相手が見つからなかったり、人に気持ちを話すのが苦手なときは、話を聞いてくれそうな人や天国の誰かや神様などをイメージすることでも代用できます。
実際に相手がいる時でも、イメージの相手を活用するときでも、その相手と共にいることをしっかり感じて下さい。
一人っきりで泣いていては、心は救われません。
■コツ3:理解してくれない人は選ばない
親が自分のことを理解してくれないことが多かった場合、自分を理解してくれない人に理解してもらおうとする傾向を持ってしまうことがあります。
理解してくれない人に理解してもらおうとすと、スッキリするよりは、心をもっと疲れさせてしまいます。
理解してくれない人にはあまり執着せずに、理解してくれる人を探しましょう。
■コツ4:感情と同じテンションで話す
悲しいこと・苦しいことを楽しそうに話しても、心は楽になりません。
悲しいことは悲しそうに、苦しいことは苦しそうに話します。(楽しいことは楽しそうに・・・)
そうすれば、必要ならば、涙は自然に出てきます。
■コツ5:涙を止めようとしない
心は涙と共に浄化されるところがあります。
涙が出てきたら、こらえようとするのではなく、逆に、その感覚を増幅しもっともっと出そうとしてみて下さい。
『嗚咽』と呼ばれるような状況になれば、心の浄化機能が正常に働き始めたと考えられます。
後は、流れに任せておけば、泣き止もうとしなくても心はスッキリして楽になって涙は自然にとまります。